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Tree of Light オランダのオーガニックライフをお届けします。

デンハーグ市にある隠れ家的宿とヒーリングサロンを営んでいます。健康的な食べ物や植物療法を提案しています☆ チャリスウェルフラワーエッセンスプラクティショナー&ハーバリスト見習い中


by Shoko
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認知症患者への理解を求めて

父が他界して4か月ちかくが経とうとしています。

病名を告げられた時の絶望感とその後から
亡くなる日までを思い返す余裕もなく、その時を
どう解決するかでがんばってきたとおもいます。

こちらの記事をみて父が警察に連れていかれたときの
ことを思い出しました。
父は数年前
まだ、一人で散歩ができるころに
警察に連れていかれたことがあります。

父の病名はこの記事と同じく

前頭側頭(ぜんとうそくとう)型認知症

でした。

父は運転を止められてから
精神不安定にもなり、怒りを家族にぶつけるように
なりました。
その度に薬の量は増え、
いまもあの時の家族の対応が問題でなかったのか
心残りであります。

ある日、父は散歩中に
たぶん自分の車と錯覚したのでしょう。

ある家にある車のドアをあけてしまい
ダッシュボードのところを開けてしまったのです。
父はよく車検証を確認していました、それを思い出したのだとおもいます。

通報され、父は警察に連れていかれ
刑事さんが母を迎えにいき
警察署へと連行。

警察は当時の主治医に事情をきき
病名をきいていましたが
それでも父の拘束時間は長く

取り調べの内容も厳しく

こちらが悪かったのはみとめますが
責任能力がないとわかっていても

「決まったことはやる」という警察のその体制に

わたしたち家族は疑問を持ちました。

伯父が迎えにきてくれて、

嫌味の一言をいって話は終わったらしいですが、

責任能力がないと
解っているのに

一方では自分らの職務をとにかく全う
したい立場に

県警本部に

この方法を許可しているのか

問い合わせしたかったくらいです。

以前、父の病気を交番に相談しにいきました。

認知症になっても

本人から免許証を取り上げることはできないというお話や

中にはデイサービスに自ら運転して通って
ぶつけながら家にかえるお年寄りさんも
おられますもんなあ、とか

お父さんがこうなって悲しいでしょう、とか

いわれて、

はあ、、、

なんか話がかみ合わないなあ、と

思ったものです。

一番つらかったのは

「昔は偉かったんですねえ」と

いわれることでした。

父の運転を辞めさせることで悩んでいた
後から、高齢者の交通事故が多発して
国も認知症患者の運転について
すこし考えてくれるようになったのですが

とにかく認知症に対しての
理解のなさに

家族は疲労しました。

若い方でも突然、万引きしたりと
それで社会的地位を失って
自殺したりする方がいらっしゃいます。

そういった方も若年性認知症の可能性があり

逮捕するのも

この可能性を踏まえて

考えていただきたいとおもいます。

実は父の病気をよく理解してくださっていた
昔ながらの商店がありました。

古い売店で

父は散歩中にどこかでおやつを食べていることに

気が付き、散歩中、うしろをついていくと

コンビニではなく

昔からある古いお店にはいりました。

わたしが後ろからきていたことに

気が付いたんでしょう

すぐに店からでてきて、

また歩き始めました。

「お父さん、いつもあそこでパンたべてるの?」と


きくと

うん、と答えましたので

「お父さんが食べたいものをいつでも食べてよかとよ」

というと

また

うん、と返事が。

当時、母は、父が買い食いすることを
恥ずかしいと思っていました。

でも、父はすこしずつ子供に戻っていたのです。

あとから、母にお店の場所を告げると

母は挨拶にお店までいきました。

すると

実は父はお金を払わずに
パンの袋をあけることがあったそうで

その時も

万引き扱いせず、だまって
パンを渡してくれたそう。

父が袋を開けづらいときは
お店の方があけて、ビニール袋に
いれかえて渡してくれていたのです。

それを知った母は

お金を払い、

電話番号をおしえて、

もし支払いが足りないときは

電話をもらえるように頼みました。

本当に理解のあるお店でした。

今思い出しても感謝で涙がでてきます。











by kuronekoryokan | 2017-09-23 07:36 | 認知症 | Comments(0)