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Tree of Light オランダのオーガニックライフをお届けします。

デンハーグ市にある隠れ家的宿とヒーリングサロンを営んでいます。健康的な食べ物や植物療法を提案しています☆ チャリスウェルフラワーエッセンスプラクティショナー&ハーバリスト見習い中


by Shoko
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さよなら、やなせたかしさん

やなせたかしさんが、亡くなられたというニュースを見て、昔、子供のころ読んだ あんぱんまんが
懐かしくなりました。
わたしのような中年真っ盛りでも、読んだ、あんぱんまん(初期はひらがな表示でした)

登場人物は、パン工場のおじさんと、空飛ぶあんぱんまん。

パトロールに空を飛んだあんぱんまんが、お腹をすかせたこともをみつけて
「僕のあたまをたべて」って、自分のあたまを差し出すと、ぱくぱくと食べられてしまうのですが
そのあと、工場のおじさんにほめられて、また新しいあんこをたくさんいれてもらった、という
シンプルなお話でしたが、
当時、入院していた私の記憶にここまで残っているということは、子供の心になにか、残していって
くれた優しさがあったのだと思います。

今、ウィッキペディアで初期のあんぱんまんが、子供向けにしては、貧困にくるしむ子供を助けるという内容で、未就学児には、難解な内容で、教師には不評であった、と書いてありますが

当時、幼稚園の年中の担任の先生が、病室にもってきてくれた記憶があり、
先生には、きっと「いい本」だと思ってわたしにもってきてくださったのでしょうね。


当時、わたしは、夏場に悪ふざけをして、窓から落ちて入院という、けっこう間抜けなことを
やっていたので、まさかの、小児科で一人ぼっち、その時のお見舞いの品が あんぱんまんだったのです。

記憶にあるのは
「辛かった」
「となりの子は病気だった」
「あんぱんまんもらった」

その夏は幼児ながら、一人で過ごす時間が多かったという特殊な年で
年に一度の花火大会の夜、病室の窓まで連れて行ってもらった、しばらくした後に、花火の音が
消えて、それが救急車の音にかわったのも覚えてます。
おとなになってきいた話しだと、花火師が怪我をして、それで花火も途中で終わった年でした。

幼児期の記憶って、どこから覚えているか、個々違うのですが
怪我した時から退院するまえのことは、しっかり覚えていて、
幼児期の記憶はたぶん、いいも悪いも後に影響するのだろうなあ、と思います。

結構、読んだ本のことはよく覚えています。

なんか、この人、助けたほうがいいのかな、と思う時、やっぱり、5歳のときのあんぱんまんが
登場してきたり、時折、いやいやえんの、しげる、も頭にぽわーんとやってきます。

中年になっても、あいかわらず、わたしの頭にご訪問してこられる、ひらがなの、あんぱんまんと
しげる、の存在は

時折、どんな本を読んでも解決できないことが、
ぽわーんと、理解できたりする、過去からの訪問者なのです。最大のアドバイザーなのです。


子供のころに読んだ本というのは、非日常的な話しばかりで、

この社会生活に役にたたなさそうな本の数々ではありますが、
想像力というのは、辛い時に、ある意味、現実逃避にすぐにはいれるので、かなりお得な
能力なのです。

こんな時に、どらえもんだったらどうするんだろうか。とか

もう、いろいろと。。。


以前、子供さんをコントロールしたがる友人がいました。きけば、マンガをみせるのもいやだし
無駄だと思うといわれて、

そんなことないよ、辛い時にね、助けてくれるのが想像のヒーローだったりするの
だから、すべて取り上げないでほしいと、お願いしたことがありました。

あんぱんまんも、その一人。

これからも多くの人に愛される、あんぱんまん。

やなせたかしさんの置いて行ってくれた宝物ですから、

みなさんで大切にしていきたいですよね。
by kuronekoryokan | 2013-10-16 08:56 | 読書 | Comments(0)